私は臨床上のモヤモヤを少しでも解決したい!と疫学を学び始めもう4年になります。学べば学ぶほど奥が深く、理想と現実のギャップで「じゃあどうしたらええねん!」と悲観的になることも。紆余曲折はありながら達した1つの結論は「レジストリ研究」をしなきゃだめだなと。本記事では褌を締めなおす意味で「レジストリ研究」について簡単に私見をまとめてみます。

【レジストリ研究とは】
レジストリ(症例登録)とは、該当疾患について、その疾患の予後や治療効果の検証のために必要なデータを前向きに蓄積した研究用のデータベースを指します。そのデータベースから必要な情報を抽出し、解析し、結果を報告するのがレジストリ研究です。

【適応交絡による問題】
とくに私の専門である脊椎外科領域では、臨床疑問の多くは「手術A」にどの程度「効果」があるかを調べたい、すなわち「介入の効果をみる研究」になります。具体的には研究対象を「手術A」と「保存」の2群に分けて、「アウトカム」に差があるかを科学的に検証することになります。その場合、(厳格な)RCTを行えば、「手術A」群と「保存」群の特徴に(理論的には)差がなくなりますので、単純に2群のアウトカムを比較することで事足ります。しかし、リアルワールドでは術者と患者が手術を行うかどうかを決めますので、例えばこの人には効果がありそうだから勧めよう!とか、リスク高いからやめておこうなど、様々な恣意が入ります。結果リアルワールドでの「手術A」群と「保存」群には大きな特徴の差が生じ、「適応交絡」として大きく「アウトカム」を修飾します。この場合単純に2群を比較して得られた差は、真の差なのか、「適応交絡」をはじめとしたバイアスによる見せかけの差なのか判断できません。

【適応交絡への対処~なぜレジストリなのか】
「適応交絡」は非常に強力ですので、「介入の効果をみる研究」をする場合の研究の型は(厳格な)RCT一択になります。しかし、手術という強力な介入をランダム割付するのは非常に難しく、ましてや希少疾患においては非現実的です。その場合は前向きコホート研究が次善の型になります。必要な変数を過不足なく収集し、デザインと解析で適応交絡をはじめとしたバイアスをできるだけ減らす努力をするわけです。どうせ大変な前向きコホート研究をするなら、複数のテーマを一度に解決できるようにした方がいいに決まっていますので、複数の前向きコホート研究を同時に走らせるレジストリにしよう、というわけです。

【レジストリ成功の条件】
私にはお恥ずかしながらレジストリ構築の経験はなく、現在のところは机上の空論に過ぎません。ただ、これまで疫学を学んだ中で感じたレジストリの努力目標を挙げますと

 1  検証したいテーマが明確
 2  各テーマの検証に必要な変数の定義
 3  情報バイアスが少ない測定方法
 4  データ収集の時点が十分で、揃っている
 5  漏れなく全例追跡
 6  変数に欠測がない

になります。この条件を完全に満たせば、(厳格な)RCTに迫る結果が得られるでしょうし、満たせなければ労力に見合うエビデンスは得られません。
【レジストリ成功の条件達成に必要なこと】
上記1234はいわゆる「研究デザイン」の部分で、ここは臨床のエキスパートと疫学のエキスパートが複数集まって議論しまくれば達成できます。問題は56で、ここをどこまで達成できるかがレジストリの成否をわけると思います。ここを中心に1-6を解決するために必要なことは

 7  1-6を十分理解し、協力してもらえる施設(医師)
 8  参加者全員のメリット/もしくは強制力
 9  財源
 10 事務局
 11 できるだけ労力が少ないデータ入力様式
 12 疫学のエキスパート
 13 解析のエキスパート

かと思います。7ー10はさておき、11は7の気合任せ、12はその存在や必要性さえ知られていない(しばしば13と混同される)、13すなわち生物統計家も絶滅危惧種でどこに行けば会えるかわからないのが現状です(ちなみに特殊な解析以外は12で代行可)。というわけで、これまで本邦で「真に成功」したレジストリ研究は少なく、とくに学会主導でやる場合は8で余程の強制力を働かせない限り、456でコケてまずうまくいかないようです(今のところ例外はNCDくらいだそう)。

【コメント】
というわけで、色々敷居が高いレジストリ研究ですが、脊椎外科領域で研究続ける以上、避けては通れません。まずは希少疾患を対象に、現有戦力の総動員で、まずはコアな数施設でやってみる。そして参加者皆でノウハウを学び、成果を共有し、成功体験を宣伝し参加者を増やしていく...いずれは学会レベルに昇格し、変性疾患を標的に...

先は長いしどこまでできるかはわかりませんが、少なくとも進むべき道はみえています。兎に角少しずつでも前に進んでいくしかありません。その為には仲間を増やしつつ、兎に角「疫学のエキスパート」に近付けるよう経験と実績を積んでいかなければ。でも相当時間とられるうえに報酬には全くつながらないので、後進が育つ目途が全くたちません…だれかどMで返事は「はい」しか知らない脊椎外科医いないかしら...